〜その1〜 |
2006.6.23
●今年も西安へ
何と、2年続けて西安市への小浜市市民交流使節団に参加することになった。
昨年度から西安市から小浜市への高校留学生受け入れが始まっているのだが、その2人目として2006.8〜2007.7の間ステイする子を、我が家で預かることになっている。
また、その留学生交換事業を行っている小浜市国際教育協会というのがって、私はいろいろな縁があって副会長を務めている。
さらに、そういったロングステイは、学生留学を行っているAFS協会を通じているのだが、それとは別に、今年の7月には西安からのショートステイ留学生5人を協会で受け入れることになっており、こちらはAFS協会を通さない、小浜市国際教育協会の単独事業であるため、その打合せをする必要がある。
・・・・とまあ、こういった事情により、協会からの派遣として市民交流使節団に混じることになったのである。
それはそれとして、出発当日である。今年も出発が早い。去年は関空出発だったのが今年はセントレアになったせいか、去年より15分早く、3時45分集合、4時出発。だけど仕事が忙しく、寝たのは1時ごろで、もう眠くて眠くて。
今年の参加者は、去年の半分程度、40人弱である。バス1台に全員が乗って、一路セントレアへ。
全員車中で熟睡・・・・と思いきや、今日はサッカーの日本対ブラジル戦である。奇跡を信じる熱心なサポーターなどはいないのだが、やはり気になるので、車のテレビで観戦。ところがテレビが衛星対応でないらしく、映りが悪い。同点で向かえた後半、時々電波のよい所できれいに映るのだが、映るたびに点を入れられているではないか。何だかなあ・・・・
●1年振りの西安
セントレアでは、9時のフライトである。腹が減ったので、同室になるKさん(同業者である)とモーニングサービスを食べ、中国東方航空のエアバスで出発。
機内では持ち込んだSUKIYAKI塾の添削に精を出した。
飛行機は2時間ちょっとで、まず上海に到着。入国手続きのあと、国内線に・・・・と思ったら、同じ飛行機の同じ座席。なんだそりゃ。そんなんなら西安でまとめて入国手続きしてよ。
上海から2時間で西安。1年振りである。出口を見ると、外事弁公室の見覚えのあるメンバーが手を振っている。
空港を出ると、去年に比べて涼しい。何といっても去年は42度だったのだから。それでも32度ほどあるらしい。
バスに乗ると、これもまた去年と同じくパトカー先導。見覚えのある光景を市街に向かって走る。
ワンパターンの光景が続く中、渭水を渡る。三国志にも出てくる黄河の支流だ。そう、我々は今、漢中平野に来ているのだ。
やがて市街に入ると、変わらず新旧ごっちゃになった街だ。レンガ作りの店が軒を連ねる周辺部から、高層ビルの建つ中心街へ。建築ラッシュとのことで、高層ビルが建ち並ぶ。言われてみると、高層ビルが増えたようにも思う。
渭水。漢中平野に来ているのだ。 | 高層ビルが立ち並ぶ。1年で増えたような・・・・ | いろんな乗り物が行きかう。 |
●入城式
ホテルに向かう前に、いきなり入城式。去年は夜だったが、今年は真っ昼間。炎天下なので、短時間にしてもらうよう頼んだとのことで、なるほど去年に比べたらはるかにちんまりあっさりしている。
城に入ると、今年もチャイニーズ・パーカッションのお出向かえ。今年は「茶碗をひっくり返して木の台を叩く」という感じの素朴なパーカッション。厳しい顔でビートを奏でる少年が印象的だった。あの衣装を来て暑いだろうなぁと同情することしきり。城壁に上り、今年は昼間の光景を眺めた。
入場式。去年に比べれば簡素と思っていたら・・・・ |
相変わらずの派手な歓待である。 |
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前だけを見ながら厳しい顔でパーカッションを打ち鳴らす。 | 入場式のために赤じゅうたんが敷き詰められている。 | 城壁より西安市街を望む。 |
●懇親会
ホテルにチェックインして2時間ほど休憩。ここでも寸暇を惜しんでSUKIYAKI塾。
その後、西安市の市長はじめお歴を迎えて、ホテルで懇親会である。当初は市長表敬訪問だったのだが、変更になったものだ。
こちらも団長を兼ねる市長をはじめ、議員その他が前に並び、後ろに一般市民が並ぶが、困ったことに前に並ぶ人数が当日になって増え、私が入れられてしまった。こちらはロングステイの子に会うこと、ショートステイの打ち合せをすることを目的に、国際教育協会理事として、実務目的で来ているので、何が困ったといって背広じゃないのである。かくして、クールビズなどない中国で、背広ネクタイのお歴々に混じって、一人クールビズ状態で末席を汚す羽目になってしまった。身の置きどころがないとは、こういうものなのだろうな。せめてカッターシャツを着ていてよかった・・・・
けっこう長々とした交流セレモニーが終わり、夕食会へ。これまでの人生で座ったイスの中ではきっと一番大きいだろうと思われる豪華なイスの中で、居心地悪くモジモジしていた私は、やれうれしや、やっと一息つけるわいとホッとしたのだが、世の中そんなに甘くない。「偉いさん席」に座れという。またしても末席で、モゾモゾと飲み食いであるが、そこは偉いさん席、向こうのお歴々が次々に「カンペー」しに来る。ああ、今年もパイチューの強烈なカンペー攻撃だ。
西安の教育担当者氏があれこれ熱心に話しかけてくる。「地方都市」から「中国の中核都市」を目指す西安はモーレツに突っ走っているのだが(中国自体も突っ走っているのだが)、留学というものにかなりの熱意を感じた。小浜市に留学してもなぁという気もするのだが、考えてみたら学校で教えている内容は全国似たりよったり、田舎のほうが気が散らずにいいのかもしれない。
やがて西安スタッフ同士のカンペーが始まり、なんだなんだと思っていると、これはお開きにしようぜというサインなのだそうだ。
中国では日本のように派手な「締め」はない。実にあっさりと会は終わり、西安の皆さんは帰路に。いつも何らかの「締め」をやる我々日本人としては、いささか拍子抜けしつつ、ゾロゾロと会場を後にした。
発展しつつある西安市街中心部。 | 「歓迎宴会」にて西安市長スピーチ。 | 歓迎宴会。手前のテーブル右端が私の席。 |
●ルイとの出会い
さて、私はこれからが仕事である。というか、これのために西安に来たのである。
8月から我が家にステイする子に会うのである。名前はルイ(和漢字では書けない)。16歳の可愛らしい女の子である。
両親といっしょにホテルに入ってきた。写真をもらっていたので、すぐにわかる。一生懸命に覚えたのだろう、「よろしくお願いします」と日本語で挨拶。いじらしいなぁ。
しばらく懇談。ウチは一男一女であるが、ルイはその真ん中に入る。つまり、兄と妹ができるわけだが、同姓の妹のことを楽しみにしているかと思えば、むしろお兄さんに勉強を教えてもらったりすることを楽しみにしているのだそうだ。また、勉強もそこそこに、兄弟で遊ぶということをしてみたいのだそうだ。
一人っ子政策で、「全員一人っ子」状態の中国、なるほど、兄弟で暮らすというのは、外国でステイでもしなければ体験できないことなのだなぁ。
やはり10分程度でもいっしょに話すと情が移るというか、不安を抱えつつもいろんな期待を持って、1年間を異国で暮らすことを選んだルイに、できるだけのことをしてやりたいなぁと思うようになった。かけがえのない一人っ子を1年間預けるご両親の思いもいかほどか。身が引き締まる・・・・べきなのだろうが、歓迎宴会の白酒カンペーで、けっこうリラックスしていた私である。
●ショートステイに向けて
ルイ一家と別れ、一息つく間もなく、ショートステイの打ち合せに合流。引率して来る予定の先生2人と、国際教育協会の2人(会長の奥さんと私)、小浜市国際交流室のスタッフ2人。
注意事項や事前の作文依頼など、互いにたどたどしげな英語で打ち合せ。日頃英語なんてものとは無縁の生活をしているので、なかなか頭が切り変わらずエンジンがかからない。その上白酒カンペーで脳細胞が数億個寝ているようだ。
なんとか打ち合せを終え、やれやれ仕事も終わったわいと、小浜市スタッフで少しビールを飲みながら歓談。気がつけば夜の11時である。時差も考えると、3時に起きてからもう20時間だ。風呂に入ってバタンキューであった。