〜その2〜 |
2006.6.24
さて、明けて西安2日目。観光ツアーの始まり始まりである。
ホテルを出ると、お、今日はパトカーがいない。2年目となると、向こうも手抜きをするのかな?と思ったのだが、郊外行きなので、あまり必要はないということみたいだ。
朝の西安市内風景。いろんな自転車が走る。 | 交差点風景。電動バイクが人気だそうだ。 | 城壁付近。 |
●華清池
まずは、去年も行った華清池。
「ん?」
何だか雰囲気が違う。何だか明るい。池が整備されて花がいっぱい植えられ、砂利道が石畳に変わっている。歴史遺産っぽい幽玄な、あるいはちょっと地味な感じあったのが一掃され、明るい観光地に変貌している。
これには驚いた。たった1年でこの変貌ぶりはどうだろう。見ると、園内道路が整備され、花壇がいっぱいある。ところどころで今まさに花を植えている。人件費が安いから、花壇で埋めつくすことも簡単だ。この勢いでガンガンやってきたのだろう。足湯(有料)もあった。歴史遺産というより温泉観光施設になっているようだ。その割には入浴施設はない。中国は共同入浴というのはしないようだ。
よく整備された観光地となった華清池。 | なんだが風景変わったなあと思っていたら・・・・ | おお、噴水が出るではないか。 |
変わっていないのは楊貴妃が入ったとされる湯舟。なるほど、これは歴史遺産だから手をつけられないのか、それともこれを残して義理を果たしているのか、そのかわりそれ以外はまるっきりリフォーム状態だ。
我が使節団のメンバーでも意見が分かれる。歴史遺産を何ということをするんだ、よかった雰囲気が台無しだと憤る人、何かをきっかけに観光施設をどーんと作る手法に賛成で、歴史など多少脚色してもかまわないじゃないかという人。
ところで、今回の入場料は70元。去年は40元。そうか、こんなに施設整備をしたら高くもなるわなあと思っていたら、そうではなくて、花がきれいに咲く夏は70元で、オフシーズンは40元のままとのこと。なるほど航空機チケットのように需要に合わせて金額を変えるというのは面白いと思ったが、まてよ、去年は同じ時期に来て40元だったんだけど・・・・
湯舟のある建物の中に入ると、ものすごい喧騒である。ガイドがマイクや拡声器を使って説明しているのである。そういう団体がいくつもあって、うるさくてマイク声もよく聞こえない。負けないようにと音量を上げると、音が割れてしまってもう濁音ばかりに聞こえる。それでも負けずに、中国語でぎゅわーんぐわーんとがなりたてている。
周囲を見渡せば、中国人が大半である。揃いのカラー防止をかぶっているのは中国人団体だし、8割以上は中国人のようだ。やはり中国は確実に豊かになっているのだ。そして分母がでかい分だけ、ちょっと豊かになるだけでマーケットは格段にでかくなり、人件費が安いのも手伝って、観光地はみるみる変貌をとげていくのであろう。
うろうろしていると、池の上にステージを組んでいた。昇降式の仕掛けや回転テーブルなど、様々な演出装置が組み込んであるようだ。来年当たり、いや今年の8月あたりの夜には、さぞかしスペクタクルなステージが繰り広げられることだろう。
花植作業中。園内少なくとも5箇所でやっていた。 | 土曜日だということもあって観光客が多い。 このビーナス像も去年は池の中にあった。 |
回転ステージ施工中。 |
●兵馬俑
ここはさすがに去年と変わっていない。1号館が明るくなっているなあと思ったが、天気のせいかもしれないし、明り取りを作ったのかもしれない。
去年かなり力を入れて見たので、再発見というようなものはなかった。
何度きても大したものだなぁと思う。 | 西安で唯一見かけた分別ゴミ箱。 | 中国人観光グループ。そろいの帽子がトレードマーク。 |
帰り道、道路沿いにレンガ作りの家々が現れては通りすぎる。未舗装の狭い道、ところどころに野積みになっているガレキとゴミ。これが今日の発展を始める前の中国なのだ。西安周辺では、こういった古いレンガ作りの建物が次々に取り壊され、コンクリートの新しいビルが建てられる、建設ラッシュのただなかにある。爆走する中国の中にあって、西安は他の大都市に負けじと爆走している。ついでに車も爆走している。
去年700万人と聞いていた人口は840万人。まさか1年でそんなに増えないだろうと思っていたら、市街地周辺まで加えると840万になるらしい。それはそれとしても、すさまじい発展である。道路は次々とでき、古い町並みは高層ビルに姿を変える。
それでも長安城壁など古いものを保存しつつ進んでいるのだが、市民はこの急激な変貌をどう思っているのか気になるところである。
普通の集落。道は未舗装だ。 | こちらはちょっとした街のようだ。 | 道路沿いにはポプラが続く。砂漠化対策だ。 |
●市民とギョウザ作り
今回の目玉の一つであるが、一般市民の家にお邪魔して、ギョーザを作って食べるという企画であった。
ところがこの場所にたどり着くまでが大変であった。
道路がいきなりデコボコになっている。工事中なのかと思ったら、なんと道路の両脇にできた釣り堀(流行っているそうである)から水がしみ込んで道路がボコボコになったとのことである。げげ、ここらの道路はどういう構造になってるんだ?それとも、黄砂独特の特性があるのだろうか。
そんな道を車は右往左往しながらノロノロ走っている。よく見ると、工事中の道路もあちこちにあるのだが、どうもざっと平坦にして、路盤らしきものを適当に作って舗装してあるだけのように思える。うーん・・・・
ようやく舗装路に出た。道端で野菜や果物を売っている。西安はスイカの産地で、今年は豊作だとのこと。これから行く家へのおみやげ代わりにスイカを買う。ラグビーボール大のでっかいスイカ。実はこのスイカ、やや大味なように思えた。品種改良などがあまりされていないのではなかろうか。その分、原生種に近い自然の味なのかもしれない。
未舗装道。この先でガッタガタになる。 | ガタガタ道の元凶・釣堀。ブームだそうだ。 | 露店で野菜を売っている。西安はスイカの産地だ。 |
目的地にたどり着いた。これまでに郊外で見てきたレンガ作りの粗末な家屋とか違い、こぎれいな住宅地だ、道もちゃんと舗装されている。
農業開発委員か何だったかの家に、7人でお邪魔した。玄関前にバク車(バイクで引っ張る人力車みたいなもの)が止めてあって、どうも玄関先の見栄えはそれほどよくないのだが、入ると30インチ位のテレビがどーんとあって、これはなかなかのリッチマンでは?
聞けば、この住宅は社宅で、テレビも支給みたいなものだという。家を建てたときの出費は日本円にして200万円弱、物価の差を1/10とすれば2000万円弱なのだが、こちらの給料などを考えると、一般市民には無理な買い物だ。いわゆる「万元家」なのだろう。
こぎれいな住宅外。郊外ならでは。 | お世話になった家。庭付き・一戸建て・二階建てだ。 | バク車。 |
台所に通された。タイル床のそう広くない個室風の台所では、ギョーザの具がすでに作られており、麺棒で皮を作る段取ができていた。おお、これならホリデースクールのお家芸の一つ、得意だもんねと余裕をもって皮を作り、上手と言われていい気になる単純な私であった。
具は豚肉と白菜だけのシンプルなものであるが、いつもホリデースクールで作っている瀋陽仕込みのものに比べて、ずっと小ぶりである。包み方も違い、ギャザーをあまり作らず、真ん中をくっつけたあと、両サイドをざくっとくっつける、単純構造であった。瀋陽風の包み方を使用とすると、小さいのでうまくいかない。というか、具をあまり入れられない。なるほど、大きさを考えるとこれがちょうどいいのかもしれない。
水ギョーザをたらふく食べ、さらにジャガイモやキュウリの炒め物、春雨と湯葉の和えものなどもいただき、ハンズビールをいただいて、上機嫌の我々であった。
お世話になったご夫婦。台所にて。 | 左は春雨と湯葉の炒め物、中央下はニンニクの芽状のもの、 右はキュウリの、中央は鶏肉とジャガイモのピリカラ炒め。 |
ギョーザができた。これをゆでる。 |
ご主人がいろいろと気を使ってくれるのだが、そのうちタバコを配り出した。ああそうか、よく祝い事でタバコや飴などを配ると聞くが、これがもてなしなんだな。残念なことに私は禁煙してもう14年になろうとしているので、丁重にお断りした。
さらに2階の寝室まで見学させていただき、一同の記念写真を撮って、ありがたく家を後にした。他の4グループも満足だったようで、この企画はなかなかのヒットであった。
リビングでご馳走をいただく。 | 食った食った。デザートは先ほどの露店で買ったスイカ。 | 息子さんの結婚写真。 |
●ミニ散策
パンパンに膨らんだ腹を抱えながら、バスは再び西安市内へ。
次の行き先は、お約束の土産物店である。去年も来た玉石・シルクの店だ。すでに土産は通販で注文済みの上、入城式その他でいろいろもらっている私は、さっさと抜け出して周辺を散策することにした。
外へ出ると、夏の日差しがガンガン照りつけて、強烈な暑さである。気温は33度くらいらしいが、少し歩くと汗がにじむ。
この店の周囲は卸問屋街みたいなものらしく、あまり見るべきものもなく、まして土曜日なので閉まっている店も多い。何かないかなと横道に入ると、何だか臭い。生ゴミっぽい匂いだなあと思っていると、後ろからトラックがくる。横に逃げてやりすごすと、強烈な悪臭。ゴミ収集車だったのである。おお、去年から気になっていたゴミはどこに行くんだろうと、トラックの入ったところを覗くと、どうやら埋め立てているらしい。中に入っていく勇気はなかったので退散したが、所々の裏路地にこういう施設があるのだろう。840万人が出すゴミは半端じゃないだろうから。
そういえば、郊外を走っているときに、盛土代わりに使われているゴミを多く見た。生ゴミは入っていないようだったが、ガレキに加え、金物やガラス、プラスチック類も混じっていたようだ。
裏路地。 | ゴミ集積所。 | 裏路地のアパート。 |
●青竜寺
空海が修行したとされる寺である。空海は長安の都に半年かかってたどり着いたらしい。もちろん命がけであるし、実際遭難もしたらしい。それまでしても得たいものが当時の中国にはあったのである。今や中国は無宗教、日本も仏教はお盆と彼岸、葬式だけに登場する縁遠いものになろうとしている。両国を強く結び付けるものがなくなったことは、戦争に至ったこととまったく無関係ではあるまい。これからの中国との関係は、どこに結び付きを求めていくのだろうか。
この寺は、空海が密教を日本に持って帰ったためか、その後忘れ去られる(って、モノじゃないんだから持って帰ったら元がなくなるわけじゃないんだけど・・・・)。密教は中国から姿を消したのである。そしてずっと時代が下って、畑の中から掘り出されたのがこの寺であり、それゆえに今ある建造物はすべて後の時代に建てられたものであるらしい。
池とお堂がなかなか・・・・と思っていたら、最近のもの。 お堂は香川県の有志の人たちが建てたらしい。 |
空海記念碑。 | パンダの・・・・これ何だったっけ。灰皿・・・・じゃないよなあ。 |
●小雁塔
去年は大雁塔にいったのだが、今年は小雁塔である。単純に「大小」で考えて今年はみみっちいなんて考えたら大きな間違いで、建築形式というか趣というかコンセプトが違うだけで、こちらもまたなかなかのものである。というか、こちらのほうが私は好きだ。レンガ積みで15階(15層?)の塔が建てられている。大雁塔は「五重の塔」みたいなイメージであるが、こちらは仏舎利塔に近いイメージがある。
1300年前の地震で14階から上やひさし部分が崩れたそうだが、それでもてっぺんまで上れるそうだ。早速挑戦するが、すれ違えないような狭い階段をひたすら上る。こういうのがまたいいのである。大阪城より松江城のほうが大好きな所以である。
1層ごとに天井が低くなり、最後の12層から上は、2層まとめて1階分の高さで、窓もミニチュアサイズになってくる。
14層から上の崩れた部分は屋上状態になっており、崩れた後であってもおかまいなしに開放されている。(一応、フェンスはある)
広さは3畳もないかもしれない。眺めも、高層ビルには及びもつかない。しかし風が気持ちよく、すがすがしい。
下りてブラブラしているとトイレに行きたくなった。駐車場の近くにあったなと思って行くと、これがまたクラシカル。小浜の方言でいうところの「あっぱっぱ」のトイレである。小は立ちスペースと壁があるだけ。大は床に穴が開いていて、仕切りはあるものの高さ1m弱。立っている者からは丸見えである。鼻つく匂いとともに、中国・西安の一つの顔を見た。決して蔑んでいるのではなく、そういうスッピンの姿が私は好きなのである。
小雁塔。「小」といいつつ、高さは大雁塔と変わらない。 |
小雁塔のてっぺんより高層ビル街を望む。 | その反対側。これから開発されていく区域。 |
小雁塔内部。素朴で昔のまま。こういうのは好きだ。 | 小雁塔の周辺は公園になっている。 | 鐘撞堂。撞くのは有料で、オババがしっかり徴収。 |
●打楽器の表情の豊かさ
夕食は、民俗芸能を鑑賞して、そのテーブルで食べることになっている。
去年の「民俗芸能」は、歴史ネタの新作ダンスだったので、期待せずに来たのだが、ちゃんと民俗楽器の演奏が聞けた。特にシンバルあるいはチャッパ(本当は何というのか知らないが)のきめ細かい音の表現は唸るものがあったし、太鼓の使い方もおおいに参考になった。ぜひ取り入れよう。
ステージ風景。 | 様々な民俗楽器が興味深い。 |
パンフルートみたいなもの。小鳥のさえずりを表現。 |
チャルメラだが、上手い。口楽器もこなし、ひょうきん。 | チャッパ(右)。これも表現力豊かだ。 | ステージ後に夕食。このうどんが美味かった。 |
●イーチェンのご両親と歓談
たらふく食べて、けっこう酔ってホテルに帰ると、市のスタッフに呼ばれた。何だっけと思ったら、去年から小浜市に来て今年帰る、イーチェンという子のご両親が来ておられるとのこと。
あらら、そうと知っていれば酒を控えたものをと思いつつ、いろいろと談笑して一時を過ごす。
高校生の娘を、一度も会わずに異国にホームステイさせるのは、さぞかし思いが募ることだろう。私が同じ立場でもそうだろうと思う。子供が望むなら、そうしてやりたい思いもまた同じであるが。
私も8月から1年間、大切な娘さんであるルイを預かる立場である。
自分のことなら「どうにかなるさ」で行くのであるが、人様の娘に対しては、そんなかまやつひろしみたいなことを言っているわけにもいかないなあと、ずーんと思ったりするのであるが、数秒後にはマイペンライになっている自分が情けなくもある。