西安到着
道すがらの光景が面白い。山が見えない広々とした台地に、小麦畑が広がる。山と平地の境界がはっきりしない。日本のようにくっきりと山が立ち上がっていないのだ。典型的な老齢期の地形というやつか。
木も比較的まばらだし、うっそうとはしていない。年間雨量は600ミリ程度で、日本よりはるかに少ないという。なお、6月の西安は猛烈に暑く、気温40度に至ったりする。空港を出たとき、「信じられない!」と思うほどの熱気であった。
どんな熱気かというと、夏の暑い日、エアコン室外機の前を通り過ぎる時の熱風があるでしょう。ずっとあの熱風の中にいるような感覚である。室外機が前後左右を取り囲み、こちらの移動に合わせてついてくるようなものだ。うーむ、書いていても暑苦しくなってきた。ただ幸いな事に湿度が日本ほど高くはないので汗だくになったりはしない。カラカラというわけでもないが。
なお、翌日知ったのだが、この日の気温は41度を超えていたらしい。生まれてこのかた体験したことのない気温である。信じられなかったわけだ。
高速道路は、広い平地をずーっとまっすぐ起伏の少ない道路が続く。これなら設計も単純だし、構造物も不要、普通に土羽で積んで舗装するだけだ。橋は川をたまに渡るときとインター程度。この橋脚がやたらと細い。地震がないのだろう。これは香港でも感じたことだ。トンネルもない。結局、西安滞在中はトンネルというものを見なかった。
やがてバスは西安市街の外れにさしかかる。レンガ作りの古い建物と、ラフな格好の人達が屋台で何かを食べていたりして、私の大好きな光景が続く。生活がそこにある。
こういった建物も、地震も台風も来ないからずっと簡単でいい。昔のレンガ作りの建物や、掘っ立て小屋(屋根は乗せてあるだけ)でも住める。レンガを積むときの接着は、石灰と水、それにもち米を混ぜるという。それでもずっと使える。
とどのつまり、インフラ整備に要する金が少なくて住むわけだ。中国の急速な発展、特に交通インフラの発達は、こういったことと無縁ではあるまい。
市内に入ると、近代的なビルが目に付くようになってくる。道路も広く、車も多くなり、おー、さすが人口710万人、近代都市じゃないかと思っていたが、なにか違う。
片側2車線の整備された道路を車がばんばん通る中、単車や自転車、さらに大八車を引いた人が行きかい、それらの間をすり抜けるように人が行きかう。道端には近代的なビルに挟まれてレンガ作りの小さなビルが残り、歩道の上でラフな格好のおじさんたちがなにやらゲームのようなものをやっている。
街全体に何ともいえない混沌を感じる。近代化がまだ全体にいきわたらず、いろいろなものが混在しているのだ。
うーん、これって大阪動物園前の、フェスティバルゲート南、太子交差点界隈に似てないか?とわけのわからないことを感じてしまった。
西安市内は近代的な建物が多くなるが、古都・西安ならではの光景として、古い建造物との同居がある。京都と似たようないメージだ。ただ、いずれも石作りのせいだろうか、京都のビルと木造寺院の組合せよりはしっくり溶け込んでいるような気がする。
西安の最大の特徴はやはり城壁だろう。長安時代の中心市街地を囲んでいた城壁がそのまま残っている。近代的な光景の向こうにずっと城壁が続く。思えば、中国はこのようにして町を丸ごとすっぽり城壁で囲うことが当たり前であったのだ。中国人の持つタフネスさ、狡猾さは、多大な労力をかけてこのような城壁を作らないと街が維持できないような歴史の中で育まれてきたものであろう。島国・日本など手玉に取られる道理である。
西安でのホテルは全日空ホテルである。ホテルに着くと、今度は吹き抜けロビーの壁に熱烈歓迎の横断幕だ。いやー、曲がりなりにも使節団だけのことはある。
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