My Note これからのインフラ整備と技術者の役割
2006.1

これからのインフラ整備と技術者の役割

京福コンサルタント株式会社 鳥居直也

 

これからのインフラ整備

11月30日、日経平均株価は5年ぶりに15,000円台に回復した。ようやく景気が上向いてきたようだ。しかし、地方の景気はまだまだ低迷している。特に土木建設業界の冷え込みはそう簡単に回復しそうもない。さらに、たとえ景気が回復したとしても、以前と同じような公共投資は期待できない。

国土交通省によれば、公共事業投資は、2002年度以降、対前年比3%の減少を続け、2025年には、維持管理投資が5.5兆円程度、更新投資が3.5兆円程度、災害復旧投資が0.5兆円程度で、合計9.5兆円程度と見込まれており、現在公共投資の主体を成す新規投資は2000年以降急激に減少し、2025年にはゼロになるとされている。(平成17年5月24日付けの国土交通省資料(第12回経済財政諮問会議における北側臨時議員提出資料)「社会資本整備のあり方について」)


出典:第12回経済財政諮問会議北側臨時議員提出資料「社会資本整備のあり方について」

 

このような時代の流れの中、旧態依然とした仕事ばかりやっていたのでは、「お先真っ暗」である。新たな市場開拓が必要であることは、誰もが認識するところであろう。

従来の建設市場の中には、新規インフラ整備はもはや消失する。更新市場が生まれるであろうが、従来の新規投資市場に比較すればたかがしれている。現在、維持管理市場が注目されているが、上図に示すように、今後の成長はほとんど期待できない。

このような中、来るべき市場領域として期待されているものが4つある。

1つ目は、建設分野から踏み出した領域での維持管理等の分野である。具体的には、清掃・メンテナンス、マンション管理制度、耐震診断・コンクリート診断、新築・中古住宅性能評価、建築確認・中間検査・竣工検査、不動産の証券化・ファシリティー・アセットマネジメントといったものである。特にアセットマネジメントは、技術者として身につけておきたい考え方である。

2つ目は、「知の市場」である。ボンドや知的所有権、人材派遣、海外技術支援などである。

3つ目は、民活あるいは住民参加の市場である。PM、CM、PFI、PI、NPOなど「横文字」がキーワードである。

4つ目は、環境・教育・福祉といった、これまで開発の影に隠れていた分野である。土壌汚染やミティゲーション、バリアフリーやケアー・ビルダー、技術伝承・継続教育などが考えられる。

これらの中には、耐震診断やコンクリート診断、土壌汚染など、すでに市場として成立し、中には過当競争や一区切りついてしまった感のある分野もある。また、建築確認・中間検査・竣工検査のように、世間を騒がせているもの、PFIのようにこの1〜2年で急速に拡大しているものもある。時代の変化は急速で、今日「先駆的」と言われた市場は、1〜2年で誰もが参入して過当競争気味になってしまう。

本編では、前述の4つの新規市場のうち、3つ目の民活・住民参加市場について概観し、その中での我々技術者の役割について整理してみたいと考える。

PPP

「小泉改革」の肝の一つがPPP(Public-Private Partnership)である。直訳ズバリ官民協働であるが、具体的施策として、PFIと指定管理者制度がある。

PFI(Private Finance Initiative)は、民間資金調達により公共インフラを整備するものである。乱暴な言い方をすれば、従来は、公共が補助金なり単費なりで資金調達を行い、それを民間業者に支払って建造物等を作らせるものであるが、PFIでは、民間が資金調達を行った上で建造物等を作り、公共は費用をローンで支払うものである。特に、BOT方式と呼ばれるPFIでは、資金調達から建造物等築造、さらにその運営と維持管理まで全部民間が行い、公共はその費用を「ローン払い」するだけである。投資額は民間に100%委ねられているため、コスト縮減効果が如実に現れて、時には30%ほども割安になる。

さらに、「ローン払い」で整備するため、公共サービスの早期提供という点でも、顕著な効果を発揮する。家を新築するとき、「全額キャッシュ一括払いでないといけない」ならば、それだけの資金が貯まるまで家は建たないから、「やっと資金が貯まって家を建てたが、その新しい家に住める頃にはもう定年」というような話になってしまう。しかし、ローン払いでよければ、支払う総額は多くなるものの、家は早期に建ち、新しい家で快適な生活を長く送れる。どちらがいいかは問うまでもないだろう。公共サービスも、早期提供が「品質」の一つだから、PFIの有効性は明らかである。

指定管理者制度は、荒っぽく言えば、BOT方式のPFIの「O」、つまり運営・維持管理の部分だけを取り出して、既存インフラの管理を民間に任せるものである。来年から多くの施設が指定管理者制度を適用し、民間管理となる。

これらの市場は、多くの既存公共施設が指定管理者制度適用となり、今後新築される公共インフラもPFIで整備される方向に進むと予想されるため、非常に大きなものになると思われる。

現在はPFI適用は建築物にほぼ限定されているが、やがて道路や橋といった公共インフラもPFIで整備されるようになるであろうし、そういった既存インフラの指定管理者制度適用も十分考えられる。

PFIにせよ指定管理者にせよ、受託側はチームを作る。中心には特別目的会社(SPC)を作り、PFIなら設計担当や施工担当などの会社が名を連ねるし、指定管理者やBOT方式PFIなら維持管理に関わる会社(電気屋・設備屋・セキュリティなど)がチームを組む。

ここにおいて、PFIチームの中の設計担当会社としてチームに加わり、従来通りの仕事をするというのも1つの選択肢であろうし、特別目的会社を作り、長期にわたって安定した収入を得ながら施設運営を行うというのも1つの選択肢である。

測量・調査・設計といった会社は、これまで「やれと公共から言われた仕事をやる」ことを続けてきたから、自分で資金も調達して、設計も施工もやって、さらには運営維持管理までやるというのは、なかなか参入できる市場ではないだろう。しかし「これまで通り」では、いつまでも生き残ることはできないことは、もはや明白である。インフラ整備というものを、ファイナンスの面からも見ることができるようにならないと、PPP市場では活躍できない。これまで通りの「技術バカ」では、「使われる身」に終始するしかないのである。

 

合意形成プロデュース

かつて「コスト縮減」として、公共事業コスト縮減に取り組んできた国土交通省は、新たに「コスト構造改革」を打ち出し、「総合的コスト」の縮減に乗り出した。総合的コストとは、工事コストに、事業便益早期発現をコストに換算したもの、さらに維持管理コストを加えたものである。特に注目されるのは事業便益早期発現のコスト換算である。

コスト構造改革で重要視されている事業のスピードアップ化のためには、スムーズな合意形成が不可欠であるが、これが新たな市場としてクローズアップされている。

「アカウンタビリティ」(説明責任)という言葉が使われ始めたのは、もう10年近く前になるが、事業の必要性や内容を説明するだけにとどまらず、PI(パブリック・インボルブメント:事業の実施に住民の意見を反映する)の導入、そして「住民参加」から「住民主体」への意識変化と、公共事業における地域住民の関わりは、より深く、より主体的になってきつつある。設計が終わり、いよいよ用地取得と着工という段階になって、はじめて地域住民に計画を開示するのではなく、構想・計画・設計・施工・運用・維持管理といったあらゆる局面で、地域住民とコミュニケーションを取っていく必要が出てきている。

我々土木技術者の役割として、たとえばアカウンタビリティの場における、CGなどを駆使したプレゼンテーションといったことがあげられるわけだが、さらに「合意形成プロデュース」が重要な役割となりつつある。

たとえば事業構想段階では、事業の必要性や効果、環境影響などを開示し、広く住民の意見を把握して、構造の方向性を確認しあう。このためには、情報公開や収集等について、メディアも活用した様々な手法が取られるし、見学会や委員会、シンポジウム等を開催する必要も出てくる。

さらに計画・設計段階に進むと、ワークショップをはじめとする様々な方法によって住民意見を収集整理し、計画や設計に反映して合意形成を行う必要がある。

このような合意形成において、土木技術者には、「合意形成プロデュース」が求められる。数多くの合意形成のための手法を身につけ、それを駆使して住民とのコミュニケーション・合意形成を進めていく役割である。

「合意形成手法」と一口に言っても、多種多様な数多くの手法がある。少し列挙してみよう。

  1. メディア活用型
    • 情報公開
      マスメディア利用、記者会見、インターネット・HP、広告・ポスター、パンフレット・チラシ、広報誌・ニュースレター・回覧など
    • 情報収集(フィードバック)
      市民投票、意識調査、世論調査、オンラインサービス(Eメール)、ホットライン、フォーカスグループヒアリング、キーパーソンインタビューなど
  2. 体験型
    イベント、研修会、展覧会・展示会、見学会
  3. 体験・討議型
    まち歩き等、社会実験、オープンハウス・立ち寄りブース、ワークショップ、委員会・懇談会
  4. 討議型
    意見交換会、サロン方式、シンポジウム、インターネット会議、個別説明、市民会議・住民集会、説明会
  5. その他
    公聴会、審議会

このように多種多様な手法があるが、これらを実行する時に使う具体的手法はさらに多種多様である。そしてコンサルティングを行う技術者には、数多くの具体的手法の中から、最適な手法を選び実施することが求められる。

たとえば住民の意見やアイデアを吸い上げる方法としてブレーンストーミング法がある。これは、個別意見に対する批判をせず、自由な雰囲気のなかで思いつくまま連想して、できるだけ多くのアイデアを出す手法であるが、発言が苦手な人も多く含まれる場では、アイデアを紙に書いて回覧し、コメントや新たなアイデアを書き込むブレーンライティング法のほうが効果的なこともある。また、ブレーンストーミングに続いて、出てきた意見やアイデアを整理する手法としてはKJ法が有名であるが、これを簡素化した手法としてコスモス法がある。このように、状況に応じて開ける「引き出し」を多く持っていることが要求される。

そして、たとえばワークショップの場では、中立の立場で場を誘導する「ファシリテーター」としての能力も求められるのである。

このような市場で活躍する技術士は、コミュニケーション能力が重視される。住民の前に立って、ボソボソとしかしゃべれなかったり、伝えたいことがなかなか言葉にできないようでは、住民の信頼は得られない。住民も、必ずしも論理的に考えて判断するわけではないから、「理屈が通っていればそれで通じる」と思い込んでいるような「技術バカ」は役に立たない。時には、非の打ち所のない論理展開よりも、人を安心させられるような笑顔一つが事態を推し進めることもあるだろう。この市場でも、技術者は脱皮が必要なのである。

このようなワークショップは、最近、様々な場で行われている。筆者が最近行ったワークショップは、福井県PTA連合会の研修会におけるKJ法であった。我が国も徐々に、「社会参加をせずに、仕事と家と遊びだけに閉じこもっている」ことに対する社会的評価が厳しくなってきたが、忙しい仕事の合間をぬって、社会参加をすることは、決して労務奉仕ではなく、仕事につながる勉強にもなると思われる。

 

土木建設に携わっていることを誇ろう

土木建設業界は先の見えない状況が続き、「斜陽産業」とさえ言われている。大学の学部・学科名から「土木」の文字が次々と消えている。「土木」という文字をつけると、学生が集まらないらしい。国民感情も良くない。長年の利益誘導型政治における政治家との癒着、相次ぐ談合事件などで、「土木」はすっかり悪者産業になってしまった。

「人様の役に立つものを作って、あるいは役に立つことをして、その対価をいただいて飯を食う」ことが商売の原則であるはずだが、バブル崩壊以後の土木建設業界は、「金を儲ける」ことを第一にして、それが世の中の役に立つかどうかは二の次にしてインフラ整備を推し進めてきた傾向がある。国民は馬鹿ではないから、そのようなことはとっくに見抜き、「甘い汁を吸ってきた悪代官と悪徳商人」として土木建設業界を見ているのではなかろうか。

その一方で、土木建設なしにこの国の経済産業活動や安全な生活は成り立つのだろうかというと、決してそんなことはない。高度成長経済に入る前の生活に我々は戻れはしないのである。

かつて明治時代に日本をこよなく愛したラフカディオ・ハーンは、「日本人は妖精の子孫だ」と言ったらしい。これほどに純朴で心の美しい人たちは、きっと妖精の子孫に違いないと彼は言った。そして、彼は言う。「今、日本は欧米に追いつけ追い越せと国をあげてがんばっている。賢く勤勉な日本人のことだ。100年後にはきっと欧米を追い越しているだろう。」慧眼である。「しかし、その時には、私の愛する日本人はもういない。そこにいるのは、日本人の姿をした欧米人だ。」言葉を失うような「予言」である。確かに我々は物質的な豊かさと引き換えに、心の豊かさを失った。今の殺伐とした社会を見れば一目瞭然である。そのことを知っているからこそ、高度成長経済に突入する前の、「となりのトトロ」の時代は、人の心がまだ暖かい時代として、ノスタルジックに思い出されている。確かに日本人はまだ純朴であった。ハーンの愛した日本人はまだ「残存」していた。

しかし、「となりのトトロ」の時代は、道は舗装もされず、夜汽車の床に寝て長距離移動をし、台風が来るたびに川は氾濫して多くの人名や財産が失われる時代でもあった。そして何より、人々はそういう「貧しいけれど心が純朴」な時代に満足していたわけではなかった。平和に安心して暮らしたいとは思っていたけれど、同時に豊かさを求めていたはずである。そうでなければ、「東洋の奇跡」と言われるほどの経済発展はありえなかっただろう。

そして、新幹線や高速道路などの動脈を作り、全国津々浦々まで舗装された道路を整備し、台風が来ても逃げ出さなくてもいい川を整備してきたのは、誰でもない土木建設業に携わる人たちである。間違ったこともしてきたが、世のため人のために大いに貢献もしてきたのである。

そしてこれからも、便利で安全な生活を支えるのは、我々土木建設業に携わる技術者達なのである。我々でないとできないのである。我々は、そのことをもっと誇ろうではないか。そして、自信と自負を胸に、しかし旧来の領分にしがみついているのではなく、新たな活躍の舞台を求めていこうではないか。


2006.1 (社)福井県測量設計業協会「福測協」に掲載