姉歯偽造事件について | ||
2005.11.23 |
姉歯事務所の偽造問題だが、18日の発覚から5日が経過し、少しずつ輪郭が見えてきたような気がする。
●姉歯事務所の責任
姉歯事務所のやったことは論外だ。技術士試験的に言えば、コンプライアンスの欠如という点で信用失墜行為だし、公益確保の責務にも反している。
NSPEやASCEの7原則に照らせば、公衆優先原則、信頼関係原則、構成業務原則などに反している。
そういった行為に走らしめた原因として少し突っ込んで見ると、コストと品質(安全性確保)のトレードオフがあげられる。本当にギリギリのところを見積もらねば、「あいつに頼むとコスト高になる」といって仕事が来なくなる。
このことは、これから性能設計の時代に入っていく土木業界にとっても他人事ではあるまい。仕様設計&公共事業という「二重のぬるま湯」に浸かっていたからこそ、「安全側に見込んだ」とか「マニュアルに書いてある」といった、「ぬるい理由」が通じたが、これからはそうはいかない。性能設計が広く取り入れられたら、かたやマニュアル設計でマニュアル通りの式を使って「長期安全率1/3」を堅持、かたや性能設計でマニュアルになり様々な高度な計算を行ってコストダウンとなったら、顧客はどちらを選ぶだろう。
そうなると、強い倫理観がないと、姉歯まではいかなくても、「規定の安全率の8割くらい確保していれば壊れはしない」になってしまう恐れはある。
それはまた、過大な規定の見直しにもつながるだろう。「長期安全率1/3」などと言うが、1/3ならOKで1/2はアウトという、理論的根拠はあるのだろうか。ただし、規定が改定される前から自分勝手に「自分の規定」でやってはいけない。東電の「原発シュラウドのひび」と同じになってしまう。
このように、姉歯事件は、
●技術者倫理、特にコンプライアンス
●コストと品質のトレードオフ
●性能設計時代にこそ技術者倫理が不可欠
といったことに関して、数々の教訓となり得ると思う。
●イーホームズの責任
検査機関のイーホームズは、当初の予想以上に「手抜き」をやっていそうな雰囲気だ。
イーホームズのHPを見ると、次のように記載されている。
====================================
大臣認定の構造計算電算プログラムは、
1.条件設定
2.応力計算
3.部材断面計算
4.エラーメッセージ(適合、不適合の判断)
という各計算プロセスを自動的に実行するもので、最初の「条件設定」が適切であれば、最後の「エラーメッセージ」が適合となり構造計算が完了となるものです。従って、確認検査業務における構造計算書の審査は、膨大な出力データのうち、「条件設定」及び「エラーメッセージ」が対象となります。
(中略)
従って、弊社の通常の審査業務における過失はないものと思っております。
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姉歯は、上記の1と2を「手抜き構造」条件で、3と4を「手抜きのない構造」条件で作成し、これを組み合わせた。よって、2と3の応力データが異なっている。しかしイーホームズは1と4しか検査していないので、これを見抜けなかったのである。
そしてイーホームズは、「1と4だけ検査すれば2も3もOKという検査方法は不適切ではない」と主張している。
これが社会に通等する話であるかどうか、ISO9001などのTQMに関わったことのある人間なら一笑に付してしまうだろう。
私も成果品検査をする立場にあるが、誤字脱字はともかく、「おかしい数値」はパッとみてわかる。たとえば支持力計算であれば、基礎の形式や大きさ、地盤の性状(N値などの基本情報)などから、おかしい結果はすぐにわかる。たとえた中の計算書をみていなくても、初期条件と結論の関係が変だと、感覚的に「おかしい」と思うのだ。
また、「粗づかみの数値」というのもある。たとえば直接基礎だと、N値の10倍程度の支持力が目安だ。(たとえばN値10回なら10kN/m2。非SIのころは「N値と同じ位のtf/m2」だった)
これはもちろん根拠があって、粘着力cはN値のざっと6倍、テルツァーギ式で内部摩擦角ゼロ&根入れゼロなら極限支持力qdはほぼ5c、長期許容支持力qaは1/3qd、よって、qd=30N、qa=10Nとなるのだ。
さらに、検査に長く携わると、「ここで間違うことが多い」という、要チェックポイントもわかってくる。
こういった「感覚」と「粗づかみ数値」、「要チェックポイント」を組み合わせて検査すれば、大きな間違いは極めて短時間で発見できる。
それがないと、機械的な「抜き取り検査」しかなくなって、検査精度は大きくダウンするのだが、人間の検査は統計処理的な「抜き取り」もなかなかできず、結局「ざっと眺める」だけになってしまう。とんでもない数値が書いてあっても、その数値の意味をわからない者が見れば、それはただの記号であって、「とんでもない」と認識することはできない。
イーホームズの検査は、技術力のある検査者ならある程度の有効性はあっただろう。「見る人が見れば」、条件設定をみただけで結果が予想できるはずだ。それがわからないのだから、「技術力がない」検査機関だったのではないかという気がする。あるいは、「コンピュータ万全信仰」に侵されていたかどちらかだろう。
近年、ISO9001の導入などもあってか、ミス発生者と同等以上に「それを検査で見つけられなかった者」の責任が大きくなる傾向にある。このことから、姉歯の責任を5とすると、イーホームズの責任は3から4程度はあり、残り1から2が施主や建築会社の責任かなという気がしている。
●ヒューザーや木村建設などの責任
さて、施主と建築会社だが、施工中に「手抜き構造」が発見できない建築会社もどうかしている。ルーチンワーク、「オレには責任はない」という意識が原因だろう。たとえ「あれ?」と思うことがあっても他人ごとなのである。
施主は確かに社会的責任を負うのだが、ちょっと酷な気もする。性能設計・リスクが社会的に受け入れられたら、施主に対する瑕疵担保責任の規定も整備されるべきであろう。建設コンサルタントは設計結果について、発注者が検収するにもかかわらず、瑕疵担保責任を負う。そういったシステムが必要になるだろう。
●国の責任
最後に国であるが、民間検査機関への移譲にあたって、民間検査機関の検査能力を保証するシステムをきちんと作ったかどうかが問題になるだろう。
イーホームズの検査が、統計学的にも無理ない「漏れ」であるならともかく、システムとして不備であるということが明らかになった場合、このようなシステムを持った機関を認定した者の責任もまた大きい。
●安全文化の重要性
しかし、このように見てくると、1つのマンションには多くの人・組織が携わっている。これらは本来、「多重の安全弁」であるべきだ。
多くの人が携わることで、誰かがミスあるいは作為をしても、どこかで見つかるという、フェールソフトやフォーツロトレランスの冗長性機能を持つべきだと思う。
それが、スペースシャトルコロンビア事故調査委員会の言った「安全文化」ではないだろうか。NASAに安全文化が欠如していたことが、チャレンジャー事故があったにもかかわらずコロンビア事故を生んでしまった。同じように、JR西日本も安全文化を欠く組織であったために、信楽鉄道事故があったにもかかわらず尼崎事故を起こしてしまった。
建築業界には安全文化が十分になかったことが、姉歯の悪事を食い止められなかったといえる。そして、そのことは、「第二、第三の姉歯」の存在を予見させる。